和食器の世界において、ひときわ印象的な紅色を放つ釉薬に「辰砂釉(しんしゃゆう)」があります。その深く艶やかな紅は、どこか神秘的で、見る者の心を強く惹きつけます。辰砂釉の器は、ただ色が美しいだけでなく、その色が現れる背景には、自然の力と焼き手の技とがせめぎ合う、陶芸の奥深い世界があります。
■ 辰砂釉とは?
辰砂釉は、銅(酸化銅)を呈色剤として使った釉薬で、還元焼成によって美しい赤色を生み出します。「辰砂」とは元来、硫化水銀から得られる天然の赤色顔料の名ですが、陶芸における辰砂釉はそれとは異なり、主に酸化銅が高温の還元雰囲気で発色することによって、深紅(カーマインレッド)のような色を呈する釉薬のことを指します。
■ 焼き上がりの色
辰砂釉の最大の魅力は、その焼き上がりによって生まれる“赤”の変化にあります。理想的な焼成条件が整ったとき、釉薬の表面は艶やかな深紅となり、光の当たり方によっては紫がかって見えることもあります。
しかし、辰砂釉は非常にデリケートな釉薬です。焼成時の還元の強さや温度分布、窯内の酸素の量によっては、くすんだ赤や茶色に寄った発色になることもあり、一窯の中でも器ごとに異なる表情を見せることがあります。まさに“窯変”の魅力も併せ持つ釉薬といえるでしょう。
■ 和食器としての辰砂釉
辰砂釉を使った和食器は、料理を引き立てる力があります。特に、白や緑、黄といった食材とのコントラストが美しく、例えば、白身魚の刺身、湯葉、菜の花のおひたし、黄身酢和えなどを盛ると、まるで画面に絵を描いたような景色が生まれます。
また、辰砂釉の器はフォーマルな席だけでなく、静かな茶席や記念日などの特別な食卓にもふさわしく、存在感がありながらも上品さを保ちます。
■ 焼き手の技が映える器
辰砂釉は、発色が難しいがゆえに、窯元や陶芸家の技術と経験が問われる釉薬です。信楽焼や京焼・清水焼の作品にも見られますが、近年では独自の辰砂釉を開発する作家もおり、それぞれに微妙な差異と個性が光ります。
また、釉薬の厚みや器のかたち、施釉の方法によっても発色が異なるため、一点ものの魅力をもつ器が多いのも特徴です。
辰砂釉の器は、赤という色に込められた情熱と奥行きを映し出す存在です。一見派手に見えるようでいて、じっと見ていると内に秘めた静けさや品格を感じさせる、不思議な魅力があります。
日々の食卓に、一客だけでもこの深紅の器を添えてみてはいかがでしょうか。料理の見え方が変わり、食事の時間が少し豊かに感じられることでしょう。



