京都の清水寺へ向かう坂道沿い、風情ある食器屋「陶心庵」。軒先には京焼の繊細な器たちが並び、外国人観光客や地元の人々で賑わっている。その一角、ひっそりと並べられた棚の前で、一人のオジサンが腕を組んでいた。
「お客さん、何かお探しですか?」小柄な店主が声をかける。白髪混じりのオジサンは苦笑いを浮かべた。
「いや、実は職場の同僚が定年退職するんでな。何か良い贈り物を探してるんだが、これってどうなんだ?」オジサンが指さしたのは、上品な光沢を放つ一つのマグカップだった。



「それはいい目をされましたね。」店主がカップを棚から取り上げ、優しく回すように見せた。「このマグカップは、京都の職人が一点一点手描きで仕上げたものなんです。外側には七宝紋が描かれていまして、これ、調和や円満を表す吉祥文様なんです。贈り物としてはとても縁起がいいんですよ。」
オジサンはカップを手に取り、じっと眺める。「おお、落ち着いたデザインだな。でも、この内側は……ん?これ、山水画か?」
店主の目が輝く。「そうなんです。内側には山水画が描かれていて、これも全て職人が手描きで仕上げています。ただの装飾ではなくてですね、飲み物を注ぐと、描かれている川や湖が本当に水で満たされているように見えるんですよ。ちょっと遊び心があって、飲むたびに絵が完成する感覚が味わえます。」
「ほう、面白いな。山水画なんて最近じゃ珍しいが、何だか懐かしい気がするな。」
「そうでしょう。日本人の心の中に眠る風景なんですかね。」店主は笑みを浮かべた。「しかも、この山水画、まるで掛け軸に描かれているような活き活きとしたタッチでしょう?狭いカップの内側にここまで精巧に描くのは、熟練の技以外ではできません。」
オジサンはカップの持ち心地を確かめた。「それにしても、軽いな。こういうものって、もっと重いイメージがあったんだが。」
「そこも京都の器の魅力です。」店主が頷く。「このマグカップは独自にブレンドした生地を使い、軽さと丈夫さを両立させています。フチは厚めにして欠けにくく、胴を削ることで軽量化しているんですよ。持ちやすさも考えられているんです。」
オジサンは目を細めて笑った。「贈り物として申し分ないな。軽いし丈夫、デザインも縁起がいい。何より、飲み物を注ぐと絵が完成するってのが洒落てる。」
「ありがとうございます。」店主は軽く頭を下げた。「海外の方にも人気があるデザインですし、どなたに贈られても喜ばれると思いますよ。」
坂道を上がる観光客のざわめきを背景に、オジサンは会計を済ませ、紙袋に入れられたマグカップを丁寧に抱えて店を後にした。
その後、清水寺の景色を見渡しながら、オジサンは心の中で呟いた。「いい買い物をしたな。同僚もきっと気に入ってくれるだろう。」
清水の風に揺れる店の暖簾。その奥では、また新しい出会いが生まれようとしている。
京焼・清水焼 村田幸之介(六齋窯) 山水紫七宝マグカップ


京焼・清水焼 村田幸之介(六齋窯) 山水紫七宝マグカップ
寸法:直径8.5cm×高さ10cm

