九谷焼・吉田屋窯──幻の再興、そして色彩の輝き

九谷焼 小鉢 5個 セット 吉田屋おもと 和食器
九谷焼 小鉢 5個 セット 吉田屋おもと

江戸後期、加賀百万石の美意識が結晶となって咲いたのが、九谷焼「吉田屋窯」。古九谷の意匠を受け継ぎながらも、新たな五彩表現で独自の美の世界を築き上げました。鮮やかに、力強く、それでいて品位を湛えた「吉田屋風」は、今日でもなお多くの陶芸愛好家や美術ファンを魅了し続けています。

九谷焼 鉢 吉田屋 6号
九谷焼 鉢 吉田屋 6号

九谷焼 鉢 吉田屋 6号

材質:磁器
寸法:[商品] 径18×高6cm
重量(g):600g
箱:化粧箱

   

   

幻の名窯「吉田屋窯」の誕生

吉田屋窯は、文化文政期(19世紀前半)、加賀藩の援助を受けて再興された窯のひとつです。加賀藩士・豊田伝右衛門が中心となり、1824年に能美郡吉田村(現在の石川県能美市)に開窯しました。目的は、いわゆる「古九谷様式」の復興でした。

しかし、吉田屋窯は資金難などにより、わずか10年ほどで閉窯となるという短命の運命をたどります。けれども、その間に生み出された作品群は、のちに「吉田屋風」と呼ばれ、九谷焼の一つの金字塔となるのです。

吉田屋風──五彩が奏でる情熱の調べ

吉田屋窯の作品の特徴は、なんといっても古九谷の流れをくむ「五彩」の使い方にあります。赤・黄・緑・紫・青のうち、とくに赤を使わずに、緑・黄・紫・紺青の4色を主体として、艶やかで力強い色彩を器面に展開します。

赤を除いた理由については諸説ありますが、あえて「赤を使わない」という禁欲的な選択が、かえって色の対比を際立たせ、どこか硬質で洗練された美しさを生み出しているのです。

また、吉田屋の目的が「古九谷様式の復興」であったことから、吉田屋風では、「青(いわゆる染付のような呉須の青)」は原則として用いられません。吉田屋風の「青」は紺青であり、染付の「青」とは異なります。

伝統的な吉田屋様式においては「赤絵を使わない」「紺青を青の代わりに使う」が基本的な考え方です。しかし、輪郭線などにわずかに呉須を用いる場合(主線として)や絵柄の表現で青味がかったグラデーションを使う場合(紺青との区別が曖昧なケース)などは例外としてあります。

絵付けの題材には、花鳥、山水、人物、魚介、そして古典文様などが描かれ、線描の勢いと濃密な彩色の重なりが、見れば見るほど心を惹きつける構成となっています。

吉田屋窯を支えた絵師たち

吉田屋窯を語るうえで欠かせないのが、名工・青木木米(あおき もくべい)の存在です。京焼の名工として知られる木米は、吉田屋窯において指導的な役割を果たし、独特の筆遣いや構図にその影響を残しました。

また、絵師として高名な九谷庄三も一時期関わっていたとされ、吉田屋の画風には、京焼の繊細さと加賀特有の装飾性が絶妙に融合しています。

伝統をつなぐ「吉田屋風」の継承

吉田屋窯は短命であったにもかかわらず、その後の再興九谷の礎となりました。特に明治以降、九谷焼は国内外への輸出を通じて発展を遂げ、吉田屋風は数多くの工房や作家により模倣・発展され続けました。

現在でも、多くの現代作家が吉田屋風の技法を再解釈し、鮮やかな色彩美を現代の暮らしに活かした器づくりを行っています。

吉田屋の器が語る物語

吉田屋風の器は、ただ装飾的に美しいだけではありません。そこには「加賀の美意識」や「古九谷への憧憬」、「短命ゆえの凝縮された美の探求」が込められています。ある意味で、吉田屋窯の器は、“儚さ”と“永遠性”を併せ持つ、美の結晶なのです。

食卓に吉田屋風の器が並べば、まるでそこに、色彩が語りかける物語が始まるかのようです。

終わりに

九谷焼・吉田屋窯──その名は短くとも、その彩りは深く永く、今なお多くの人々の記憶に刻まれ続けています。もしあなたの目の前に、赤なき五彩が静かに輝く器があれば、それは、かつて吉田村で生まれた美の記憶が、静かに語りかけているのかもしれません。

九谷焼 小鉢 5個 セット 吉田屋草花
九谷焼 小鉢 5個 セット 吉田屋草花

九谷焼 小鉢 5個 セット 吉田屋草花

素材 磁器
サイズ 径 約8.0cm 高 約3.0cm
外装 化粧箱

   

   

九谷焼 小鉢 5個 セット 吉田屋おもと
九谷焼 小鉢 5個 セット 吉田屋おもと

九谷焼 小鉢 5個 セット 吉田屋おもと

素材 磁器
サイズ 径 約11.0cm 高 約4.6cm
外装 化粧箱

   

   

手のひらの美学 ― 和食器のぐい呑み